【なにがあったの?はだれのため?】


たとえば

こどもが【学校にいきたくない。】
っていって、うちにいることや学校以外に行くことを選んだ時に

先生たちは口々に
【なにかありましたか?】って
心配してくださいます。

よっし!
学校じゃない!を選んだな♪と
思う親でない限り

【なにがあったの?】って思ったり
尋ねたりすると思うんです。

もう少し立場を変えると

スタッフが【仕事をやめたい。】
っていったら。

パートナーが【離婚したい。】
っていったら。

【なんで?】
【どうして?】
【なにかあった?】
って尋ねると思うんです。

その質問の良し悪しや
尋ねるべきかそうでないか?
ではなくって

【なにか】ある。
ということは
【なにか】が原因である。ということ。
【なにか】がきっかけである。ということ。

その【なにか】に自分が関わっているかどうか
その【なにか】は自分が立場上解決するべきことであるかないか
その【なにか】は誰の責任か

という
問題解決のきっかけや
自分の責任ではないという証明や
悪いもの探しをしたい衝動から出てくる言葉なのではないかとも感じることがあるんです。

もちろん!
【なにか】があれば
それを解決することでみんなの笑顔が増えるならそれでいいけれど

【何もない】が問題だったりすることもある。

たとえば
同級生にいじめられていないけど
挨拶もないし相手にもされない。

なにもされてないけれど
心が痛い。

たとえば
DVもモラハラもないけれど
子育てにも家事にも参加しない。
こどもにも家族にも興味のない夫がいる。

なにもされてないけれど
居場所も価値もわからなくて苦しい。

たとえば
無視もパワハラもないけれど
わたしじゃなくちゃいけない仕事を任せてもらえない。
役割もやりがいもない時間を過ごすお勤め。

なにもされてないけど、
存在意義がわからなくてつらい。

そんなこんなの。

なにか【ある。】
とおなじくらい
なにも【ない。】って
苦しいことだと思う。

なにがある?
なにかある
なにが?だれが?どれが?
って聞いてくれることって

もしかしたら
聞き手の満足や
わたしが原因じゃない。の安心のためなんじゃないかな?って思うんです。

なにもない。けどつらい。
なにもない。からつらい。

ある。

ない。

あなたが聞きたい言葉はなんですか?
わたしのつらさはどちらですか?

意見やアイデア。
なにもいわなければ
罰せられないし
ジャッジされないし
非難されない。

けど
なにもいわない。って
ない。って
関係ないわけではないのです。
考えないでいいのでもないんです。
責任がないのではないのです。

わたしは
ぶつかり合ってもある。を選びたい。

ない。のない理由や
ない。から生まれる苦しさを
感じることができるおばあちゃんに
なっていきたい。

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